世の中おかしいことだらけ

世の中には納得いかないことってたくさんありますよね。ニュースやワイドショーでも「えっなんで」と思うことばかりです。そんなことを少しずつ書いていきたいと思います

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慶応大生を検察は不起訴 世論無視は許せるのか

やりたい放題の大学生に未来なんか必要ない

一昨年の集団暴行もそうでしたが、今回の横浜での慶応大生の暴行事件は不起訴になりました。9月から12月までに何度も神奈川県警に逮捕(5回逮捕されているようです)にも関わらず、毎回起訴されていません。

 

12月の事件では性的暴行の上、タクシー乗り場で腹を蹴るなどしていて逮捕されました。それなのに不起訴した横浜地検の検察官はなにをかんがえているのでしょうか?

 

検察官にとって犯罪とはなんなんだ?

世の中の人が考える犯罪、いわゆる悪いこととは、裁判官も検事も弁護士も一般的な考えとはずれていると思われます。

 

今回、または前回のように示談がされていれば、被害者も納得しているだろうなんて考えるようです。また加害者家族に権力者やお金で解決できる人がいれば、なんとかできてしまうのが法律の世界のように思われてなりません。

 

慶応大生に警察や検察が教えたことは、罪はお金で消すことができるよ

示談さえしていたら目をつむるよ、と検察も弁護士も被害者や加害者に教えたようなものです。こういう若者がこれからの社会に出た時どうなるのでしょうか。今の若者に限らずこういう経験のある人は同じことを繰り返します。繰り返すというより、なにをしても大抵大丈夫だと思ってしまいます。私の回りにも反省などせずに「今回はついてなかったな」と済ませてしまいます。そんな社会をどう思いますか?

 

今回、不起訴にした検事さんはこういうことが当たり前と思っている方かもしれません。もしくはその上層部に間違った考えの方がいて、仕方なく不起訴にしたのかもしれません。

 

これが不起訴なら起訴される事件はなんなのか

検事さんが「う~ん。そうだな~起訴しよっと」「これは起訴しな~い」そんな感じならたまりませんね。

起訴するかどうかを判断する権限を与えられているのは、法律を理解していることは当然ですがそれ以上に世間を代表している存在だと私は思っています。

 

では今回の不起訴に世間どうかんがえるでしょうか

 

示談金の代わりに罰を求めないように被害者に言っていたのでしょうか。

被害者が自分の被害に対して弁済を受けるのは当然の権利です。しかしそれで罪を無しにできるとしたら、「金持ちと権力者はみんな無罪」となってしまいます。

 

昨年5回の逮捕された時の被害者はすぐに不服申し立てをしてほしいですね。

審議会には検察官が不起訴にした事件を不服申し立てすることができます。しかし申し立てできるのは被害者本人か家族のみです。もし私にもできるなら明日にでも不起訴不服申し立てをしたいぐらいです。

 

犯罪者はきっちりと罰をうけないと「大丈夫だよ」と考える

人ははっきりと罰をうけないと『えっ俺は大丈夫だろ』と良い方に考えます。不起訴にしたため、その当人はこれからも、そして慶応大学の後輩も「先輩も捕まった人がいるけど大丈夫だったよ」と伝えられます。

 

もしかしたら、一昨年の集団暴行も昨年の暴行も慶応大学の学生間では『これぐらいは問題ないこと。』だったかも知れませんね

 

だからこそ私は検察にはきっちりとした判断をしてほしかったと思っています。

誰もが理解できるものでないと、治安を任せることができませんね

 

神奈川県警の皆さんも多分面白くないのではないてしょうか。目の前で犯罪を目の当たりにしていても不起訴でさ何が正しいのかわからなくなりますね。

 

誰もが不信感に思える決定をだした検察官はいったい誰なんでしょうかね

是非あってみたいものです。

 

来週横浜地検に行ってみます